夕空

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OLYMPUS PEN-F & M.ZUIKO DIGITAL ED 12mm F2.0



撮影日時 2016年10月21日 16時47分23秒
シャッタースピード 1/160
絞り F4.0
撮影モード 絞り優先AE
露出補正値 +1.0
感度 ISO200
焦点距離 12.0mm(35mm換算24.0mm)
測光方式 多分割評価測光
記録方式 RAW
現像ソフト SILKYPIX Developer Studio Pro
最終仕上げ Photoshop CC 2015.5


低く立ちこめる都会の空が、高く、高く、澄み渡る瞬間。


昨日乗った有楽町線の冷房にやられた…と言いたいところですが、これは日頃の不摂生でしょうね…
どうにも風邪っぽいです…
そりゃまあ、連日パソコンの前で薄着のまま寝落ちして、明け方起きて1~2時間ばっかし布団で寝るなんていう生活続けてればね…
摂生します…

アサヒカメラの最新号がなかなかおもしろい特集をやっていたので、久方ぶりにカメラ雑誌買いました。
特に何か目新しいことが書いてあった訳ではないのですが、街中でスナップ写真を撮る身としては、自身のスタンスの強化にはなったかな…と思います。
スナップ撮られる方は是非ご一読を…

私が写真を撮る時に常に心がけているのは、「写真は時に暴力性を帯びる」ということを肝に命じることです。
特にスナップ写真の場合、これってスナップと言えば聞こえは良いですが、やっている行為は盗撮となんら変わりません。
事実、私も盗撮まがいの撮影方を用いることも多いです。
「そんなことせずに声かけて撮らせてもらえばいいじゃん」という人もいますし、実際声かけて撮らせていただくこともあるのですが、声をかけてしまったら撮れない素の表情を撮る事がスナップの醍醐味だと思いますし、そこに「記録」としての意味や価値もあると思うので、声をかけずに撮ることが多いです。

だからこそ、撮られた写真の取扱には細心の注意を払います。

写っている人の個人を特定できるようなものが写り込んでいないか、生活圏を推測できるものは写っていないかなどなど…
モノクロが多いのも、デジタルデータの場合、自分が気を付けていても二次利用で悪用される可能性が高いため、それを防ぐ意味合いもあります。
なので、例えコンテストで賞を取れそうな、とても良い写真が撮れたと思っても、決して公開することができないという写真も山ほどあります。(これらの写真は10年後とか20年後とか、時を経ておそらくは被写体の方に迷惑が及ばないであろうと思われる時期までお蔵入りです)

写真を撮る行為は嘘をつくことと似ています。
かつて著名な写真家が「写真は時に嘘をつくから気を付けねばならない」と言いましたが、この言葉とは別で(この話についてはこれだけで一ネタできそうなのでまたの機会に…)、嘘と写真は似ていると思うのです。

嘘をつくということも、写真を撮るということも、親しい間柄でなければあまりポジティブに捉えられることはないと思います。

他人から金品をだまし取ろうとしてついた嘘は犯罪です。
他人を貶めようとしてついた嘘は怒りを買います。
しかし、例えば余命を宣告された難病の子供が、ご両親の献身的な看病と、「絶対病気治るからね!」という嘘に励まされ、医師も驚くほどの回復を見せたという事例は度々耳にします。
これらは全て同じ「嘘」です。
しかし、嘘をつく人の心根の違いだけで、結果は全く逆転します。
スナップ写真にも同じことが言えると思うのです。

いわばスナップ写真は撮る人の心が最も問われる写真ジャンルだと思います。
盗撮とギリギリ紙一重だからこそ、撮る人に邪な心があれば強い暴力性を帯びるし、また逆も然り。

今、時代の変化やテクノロジーの進化に伴い、スナップ写真の文化は消えつつあるのではないかと危惧されています。
先人たちが築いた文化が、私たちの代で消えるかもしれません。
ロベール・ドアノーやヴィヴィアン・マイヤーのような傑作が、もう誕生しなくなってしまうかもしれません。

そうならないためにも、スナップ写真を撮る人には、人一倍の自制心と被写体への敬意を忘れずに撮りたいな~…などと、アサカメの記事を読んで思ったのでした。

by ki_ex | 2016-10-24 01:23 | 夕景 | Comments(0)